海外取材のささやかな楽しみといえば、仕事を終え、現地の食に舌鼓を打つときだろう。しかし五輪取材となると、そうはいかない。三つの理由による。(1)仕事が早朝から深夜に及び、レストランが閉まっている(2)ゆっくり食事を取るほどの時間がない(3)メーンプレスセンター(MPC)や競技施設で供される食事は、ほとんど例外なくまずくて高い―。今回のソチ五輪MPC内の食堂も、この予想を裏切ることはなかったようだ。
五輪が開幕すると、レトルト食品、カップ麺、缶詰などに頼らざるを得なくなる。これらを日本から調達するか現地で賄うかが、兵たんの大きな別れ目となる。
ロシア語通訳者で作家の故米原万里さんが書いたエッセーには、ロシアのヘンテコな食べ物がたくさん出てくる。その中の「旅行者の朝食」という名の、まずいことで有名な缶詰の話を思い出した。
エッセーによると、それは「肉を豆や野菜と一緒に煮込んで固めたような味と形状をしている。ペースト状ほどにはつぶれていない。ちょうど犬用の缶詰、あれと良く似ている」という代物。「あとはパンと飲み物があれば、一応栄養のバランスはとれるようになっている。味は……、一日中野山を歩き回って、何も口にせず、すきっ腹のまま寝て、その翌朝食べたら、もしかしたらおいしく感じるかもしれない」とか。低価格で、かつてはスーパーの棚に売れ残って、うずたかく積み上げられていた。最近は見掛けなくなったらしい。
現地での調達はできるだけ避けたいと思っていたが、今回は日本からの食糧輸送がままならなかった。ロシアでは2009年から、輸入する全ての食品に検査証明を義務付けている。農産品、食品、飲料などは「適合申告書」が通関時に要求され、高額な検査費用が掛かる。日本のインスタント類を扱う輸入業者もあたったが、カップ焼きそば1個が600ルーブル(約1800円)という法外な値段になるので断念した。
残るは人海戦術。カメラマンたちも、ふりかけやフリーズドライのみそ汁、レトルトカレーなどをトランクに隙間なく詰め込み、続々と日本をたった。
現地で奮闘する取材チームにはせめて、本場のボルシチと黒パンぐらいは食べてもらいたい。ゆっくり味わえるのは五輪が終わってからになりそうだが。(共同通信写真部長・小原洋一郎)
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