太閤検地以前の指出帳見つかる
豊臣秀吉が行った「太閤検地」よりも古い「指出検地」(1585年)の記録が兵庫県たつの市で見つかり、16日、市立竜野歴史文化資料館が公開した。秀吉が指出検地を行ったことは知られていたが、記録が見つかったのは初めて。
指出検地では、土地は測量せず、大名からの申請をそのまま追認し、領地として与えていたことが分かり、秀吉の土地支配や、領地を与えた手続きを知る史料となるという。
史料は「淡路二郡指出帳」で、淡路島の津名と三原の2郡の記録。秀吉の四国制圧に伴い、2郡の領主は仙石秀久から脇坂安治になったが、秀吉は仙石氏に2郡の指出帳を提出させた。
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