飛び出せ学校

佐伯市向陽小5年 米水津を襲った津波飛び出せ学校のバックナンバー

地域を襲った津波について佐藤記者と一緒に勉強する児童たち
見出しや背景、イラストなどを丁寧に描く児童

 被害知り防災知識深める

 リアス式海岸が続く佐伯市米水津浦代地区。向陽小学校の窓からも美しい景色が望めるが、地区には津波による大きな被害の記録が残る。将来、東南海・南海地震が発生すれば大津波に襲われると予想されている。
 「ここに大津波が来た時の被害について何か知っていますか」。佐藤由佳記者(26)=大分合同新聞佐伯支社=が問い掛けた。東日本大震災の後、昔の津波について教わったことのある児童たちは「家が流されたり、死んだ人もいた」と答えた。ただ、詳しい状況については分からないことも多かった。
 「昔の津波についてもっとよく知ろう」と「米水津の歴史を知る会」の井上安徳さん(70)を学校に招いた。井上さんは地区に残る古文書を基に宝永地震(1707年)の被害について説明。高台に立つ養福寺の階段の、上から3番目まで水が来たことなどを話した。あらためて聞く被害の大きさに児童は驚いた様子。
 古文書に残る場所を確認し、津波への備えを調べようと児童は地区に飛び出した。養福寺を訪れて宝永の津波の高さを実感。古文書に詳しい高宮三穂さん(75)からも取材。市の防災行政無線や災害備蓄倉庫など防災施設も見学した。
 ノートにびっしり書き込んだ情報を紙面にするため、川津奈央子記者(28)=大分合同新聞整理部=から見出しやレイアウトの方法を学習。多くの人に読んでもらえるよう、話し合いを重ねて紙面を作った。
 過去の被害を調べ、記事にまとめることで、防災知識が子どもたちの中に根付いた。津波への備えを家族や地域の人にも広める「古里と命を守る新聞」が出来上がった。

子どもたちが作った紙面

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